大谷翔平に「二刀流断念」が言われる今、私が観ていたのはドジャースではなかった

大谷翔平

大谷翔平が、ドジャース移籍後初めて負傷者リスト(IL)に入った。右上腕二頭筋の炎症。最短復帰は23日。その前後から、日本では「二刀流限界説」や「二刀流断念」という言葉が急に大きくなった。欠場しているあいだにチームは今季最長の連勝を作り、今度は「いない方が打線がつながる」という声まで出ている。

あれこれ言われていますが、私の場合はもっと単純でした。大谷が出場しなくなると、毎回楽しみにしていたテレビ中継を観なくなりました。MLBを観ていたのではなく、ドジャースで活躍する大谷の姿を見たかったのだと、改めて思いました。

だから「二刀流断念」は、私にとって他人事ではありません。ただし、今すぐやめろ、という話でもない。やめる前に、一度だけ分けてみてはどうか。そう思っています。

今回のILは「普通の休養」だけでは済まない

ドジャースが正式発表したのは、右上腕二頭筋の炎症による15日間のILです。8日にさかのぼって適用され、復帰は最短で23日。エンゼルス時代の2023年以来で、ド軍に来てからは初めてです。

表向きの理由は右腕ですが、背景は一つではありません。6月から左膝の炎症があり、7月3日を最後に投手としては投げていません。首の違和感も重なり、9月はほとんど打席に立てていません。ロバーツ監督は「具体的な診断名がついているわけではない」「数日はバットを振らせない」「何日休めば戻れるという決まった基準はない」と話しています。

二刀流選手は、野手の10日ILではなく投手扱いの15日ILになります。休ませたいのに、一度入れると長くなる。球団が判断を先延ばしにした理由の一つは、そこにあります。監督は来季も大谷を二刀流選手として見ているとしつつ、「彼が思っているほど超人ではないと理解することも大切だ」とも言いました。

この程度の休養は、普通の選手ならよくある、という感覚は私にもあります。膝や腕の炎症で10日休むこと自体は、メジャーでは珍しくありません。それでも今回は、部位が複数で、プレーオフが近く、ルールが15日、という三点が重なっています。アンチの過熱と、身体が出している警告は、別の話です。

「二刀流断念」は誰が言い、何を意味しているのか

「二刀流断念」は、球団が決めた方針ではありません。先に動いたのは言葉の方です。

米メディアの一部は、今季の経過を見てこう書きました。エースであり圧倒的な強打者でもある、という構想は夢のようだった。しかし人体の限界を考えれば、もう不可能になるだろう。投手を辞めても、誰も責めない——。日本側はこれを「限界説」「断念」として大きく拾いました。32歳、2度の肘手術、膝と腕と首が同時、という組み合わせは、そういう物語にしやすい。

ただ、現場の公式見解はそこまで閉じていません。監督は今季とポストシーズンを優先したうえで、来季も二刀流として見ていると明言しています。日本の評論にも、「やめる」ではなく「濃度を変える」という整理があります。打者を土台にして、投手の回数と間隔を戦略的に絞る。フル稼働型から可変式へ、という考え方です。

見出しが一人歩きしています。断念が決まったかのように読む必要はありません。それでも、同じ年に投打を満タンで回し続ける設計が、以前と同じようには持たなくなっている。そこまでは、認めた方がよいと思います。

日本とアメリカで、言われていることは少し違う

日本のネットで一番多いのは、「無理するな、休め」です。その隣に、「今はいない方がチームのため」という声があります。スーパースターゆえに、調子が落ちた瞬間にアンチが出てくる。この構図は、今回もはっきり見えます。

アメリカの主戦場は、少し違います。「二刀流は終わったか」より、「球団の判断が遅すぎた」です。6月の膝、7月の上腕の時点でILを避け続け、8月以降の打撃崩壊と重なった、という時系列の批判です。ファンのXでも “should’ve happened weeks ago” が目立ちます。人格を落とすより、フロントの運用を責める。その分だけ、議論の形は実務的です。

私は大谷アンチではありません。以前もそう書きました。成績が落ちたときに湧く冷笑と、怪我人を1番に出し続けた判断への疑問は、分けた方がいい。後者には、かなりの根拠があります。

欠場してから連勝している、という話

大谷がほぼ出ていないあいだに、ドジャースは今季最長の8連勝まで伸ばしました。欠場は9月3日ごろから本格化し、7日に1試合だけ復帰して0安打2三振。そのあと再び外れ、11日に正式IL。連勝の大半は、大谷不在の試合です。12日のマーリンズ戦で負けて、連勝は8で止まりました。

直近の打撃は、今季全体の数字とは別物です。シーズンでは打率.277、出塁率.380、OPS.902、30本塁打。まだ上位です。崩れているのは後半で、8月は打率.241、8月18日を最後に本塁打なし。9月はわずかな打席でほぼ打てていません。1番DHで三振と内野ゴロが続くと、2番以降は毎回、走者なしから始める。ここに「打線を途切れさせる」という印象が生まれます。

米メディアも8月末には、スランプが打線を傷つけていると書いていました。Xには “Dude was weighing them down” という投稿もあります。一方で、まっとうなファンは条件を付けます。今の怪我した1番の大谷と、大谷そのものは別だ。9月は休ませた方が整って見える。しかし10月は、大谷なしでは生き残れない——。

監督は連勝中も、「翔平がラインアップにいる方がはるかに良いチームだ」と繰り返しています。不在のあいだにベッツやテオスカー、タッカーがつながったことを評価しただけです。因果を「大谷が足を引っ張っていたから勝った」とは言っていません。

短期の相関は本当にあります。因果は弱い。連勝の主因は、投打全体の噛み合いと、相手が下位チームを含んでいた日程です。フリーマンも膝で欠場していました。「大谷が消えたから打線がつながった」は、8連勝に便乗した言い方です。

それでも、一つだけ自分の話を足します。チームが勝つのは、強いチームとして正しい。大谷がいなくても他の選手が試合を決めるのは、以前も見ました。そのたびに「そう、これなんだよ」と思います。だから大谷はいらない、などという話ではありません。そんなわけがない。

ただ、私はその連勝の夜に、テレビを消していました。

私が観ていたのは、ドジャースではなかった

大谷が出場しなくなると、テレビを中継を観なくなりました。

自分では、ドジャースのファンで、MLBの試合を観ているつもりでした。首位攻防があり、山本由伸が投げ、ベッツが復調し、若手が昇格する。見どころはいくらでもある。実際、大谷がいない3日間にも、エドマンが逆転3ランを打つような場面がありました。強いチームの強さです。

なのに、大谷がラインアップから外れると、私はチャンネルを合わせなくなった。そこに気づいたとき、自分が観ていた対象がずれていたのだと分かりました。MLBを観ていたのではなかった。ドジャースを応援していたのでも、完全ではなかった。ドジャースで投打に立っている大谷の姿を、見たかった。

「いない方が打線がつながる」と言われても、自分の視聴体験とは別の話になります。私は勝率のために電源を入れていたわけではなかったからです。見たいのは、 試合 の得失点ではありません。あの選手が、投手として、打者として、そこにいるかどうかです。

チームの勝利より個人の姿を見たいと言うのは、ファンとして偏っています。分かったうえで、そうだったと認めます。大谷翔平は、その偏りを許してしまう選手なのです。

「二刀流断念」の前に、ワンシーズンだけ投手に専念してほしい

もし仮に、本当に二刀流断念ということになったら——というか、なる前に——私はワンシーズン、投手に専念してほしいと思っています。

打者に寄せた年に、50-50というとてつもないことを達成しました。打者としての天井は、すでに一度見ています。あの年の大谷は、走塁も打撃も、見る者の想像を更新した。あれを見たあとで、「打者としてまだ足りない」とは、私には言えません。

投手としては、今季も途中まで防御率1.79でした。14先発で8勝2敗。途中で止まった。フルシーズン、先発として何勝し、何奪三振し、どこまで数字を残せるのか。それは、まだ見ていません。打者としての数字は目立ちます。その一方で、私は以前から、大谷の打席に「ここで打ってくれ」という物足りなさを感じてきました。得点圏打率の話ではありません。9回、1点差、誰もが固唾をのむ打席で、試合を決める一打。300本以上打っていて、そういう記憶が、思ったほど残らない。

投手のときは、印象が違います。ピンチでも、あの試合を自分の手で終わらせにいく顔がある。逃げない。案外、適性は投手の方なのかもしれない、とすら思います。断定はしません。希望です。だからこそ、断念の二文字で打者一本に寄せる前に、一度、投手の一年を見てみたい。

打者の50-50は見た。次は、投手としてどこまで行けるかを見たい。それが、今の私の順番です。

イチローが言った、もう一つの二刀流

以前、イチローが二刀流についてこう提言していた、という話があります。投げることも打つこともやるのであれば、1シーズンは投手、次のシーズンは打者として。それでサイ・ヤング賞と本塁打王を取ったら——。

同じ年に両方を満タンで回す二刀流と、年単位で切り替える二刀流。後者なら、膝と腕を同時に削らなくて済む可能性があります。「二刀流を捨てる」のではなく、二刀流の単位を、試合から季節に変える。

今年のILは、同時進行型の限界を示したのかもしれません。7月から投げられなくなり、そのあとも打者として出し続け、腕と膝と首が残った。投げられるなら投げる、出られるなら出る、という発想のまま秋まで来た結果です。だからこそ、交互型を一度試す価値があると思います。

片方の年にサイ・ヤング、次の年に本塁打王。実現するかどうかは分からない。それでも、今の「少しずつ両方を削る」より、見てみたい形ではあります。大谷なら、その言い方を笑えないところまで、両方の天井を見せてしまった。

それでも、今すぐ結論は出さない

来季も二刀流、と監督は言っています。今季の投手はほぼ終わりです。打者としては、10月に間に合わせるのが球団の実務です。ファンが「断念」と言うのは自由です。ただ、本人と球団がまだ閉じていない扉を、外から閉める必要はありません。

私が欲しいのは宣告ではなく、次の設計図です。フル稼働を来年も同じ濃度で続けるのか。打者を土台に投手を間引くのか。一年単位で役割を分けるのか。どれを選んでも、大谷翔平は大谷翔平です。ただし、見る側の私には、好みがあります。

連勝は喜ばしい。欠場中の打線がつながるのも、強いチームの証拠です。私はそれでも中継を消しました。観ていたのはドジャースではなく、そこにいる大谷だったからです。

「二刀流断念」がもし本当に来るなら、その前に一度、投手だけの一年を。打者の50-50は見た。次は、投手として一年を走った大谷を見たい。イチローの言い方を借りれば、両方捨てるのではなく、年を変えて両方取りにいく。

それを期待してしまうのは、大谷翔平という選手が、それだけ特別だからなのだと思います。

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