大谷翔平が欠場してから、ドジャースは3連勝した。
その3試合で1番に入ったエドマンも、十分すぎるほど大谷の穴を埋めている。
そして今日。
2点を追う7回、ランナーを2人置いてエドマンに打席が回った。
ホームランなら逆転。
まさに「ここで打ってくれ」という場面だった。
そして、本当に打った。
逆転3ラン。
こういう場面を見ると、やっぱり思ってしまう。
「そう、これなんだよ」と。
もちろん、だから大谷はいらない、などという話ではない。
そんなわけがない。
大谷翔平は、メジャーリーグが存続する限り語り継がれるような選手だと思っている。
打者として歴史的で、投手としても一流で、その両方を同時にやる。
野球という競技の歴史そのものに名前を刻む選手だ。
3試合欠場して、その3試合をドジャースが勝った。
だから何だという話でもある。
野球は一人でやるスポーツではないし、たった3試合で何かを語れるはずもない。
むしろ、この3日間を見て改めて思ったのは、ドジャースというチームの層の厚さだった。
大谷がいなくても、誰かが打つ。
フリーマンがいる。
ベッツがいる。
マンシーがいる。
そしてエドマンもいる。
誰か一人が欠けたからといって、チーム全体が止まるわけではない。
それが強いチームなのだと思う。
ただ、私はこの3試合を見ながら、別のことも考えていた。
大谷の代わりに1番に入ったエドマンが、2点ビハインドの終盤に、走者を2人置いて逆転3ランを打つ。
こういう一打を、ドジャースの他の選手では妙によく見る気がする。
本当にそうなのか。
単なる私の印象なのか。
それは分からない。
でも、私の記憶には残る。
ホームランはすべて同じ1本として記録される。
1回先頭打者のソロホームランも1本。
8点差がついた試合の特大ホームランも1本。
7回、2点負けていて、ランナーが2人いるところで打つ逆転3ランも1本。
記録上は全部同じだ。
でも、見ている側にとっては同じではない。
今日のエドマンの6号ホームランは、おそらく今季彼が打ったほかの何本かより強く記憶に残るだろう。
なぜなら、誰もが思っていたからだ。
「ここで打ってくれ」と。
そして打ったからだ。
私は最近、大谷翔平についてずっとそんなことを考えている。
大谷はチャンスに弱いのか。
数字を見る限り、単純にそう言うことはできない。
むしろ数字を出せば、「大谷はチャンスに弱くない」と簡単に反論できる。
それでも私は試合を見ながら、
「ここで一本ほしい」
と思った場面で、少し物足りなさを感じることがある。
それは大谷への評価が低いからではない。
むしろ逆なのだと思う。
大谷ならできると思っている。
年間50本もホームランを打つ。
誰も届かないような打球を飛ばす。
投手として160キロを投げる。
そんな選手だから、
9回に満塁になれば期待する。
終盤に2点負けて走者が2人いれば期待する。
ポストシーズンなら、もっと期待する。
「大谷、ここで決めてくれ」
と。
これは相当に贅沢な要求なのだと思う。
普通の選手に、こんなことは思わない。
今日のエドマンの逆転3ランを見て、私はまた「ここで打ってくれ」という言葉を思い出した。
そして少しだけ、大谷の打席が恋しくなった。
3日間いなくてもドジャースは勝つ。
他の選手が活躍する。
それは強いチームとして素晴らしいことだ。
でも、大谷が戻ってきたら、やっぱり見たい。
誰もが固唾をのんで見守る場面で打席に入り、
「ここで打ってくれ」
と思った、その瞬間に。
大谷翔平が試合を決めるところを。
それを期待してしまうのは、大谷翔平という選手が、それだけ特別だからなのだと思う。
